みかんとコーヒー

金融/政治/その他

そもそも「デジタル円(中央銀行デジタル通貨)」とは何か。

 近年、「デジタル円」または「中央銀行デジタル通貨」という言葉がメディアを賑わすようになった。これに対する私の最初の反応は、「何を言っているんだ。すでに円はデジタル化しているではないか」だった。

 なぜなら、私が銀行に持っている口座の円はデジタルで表示されており、お金の振込などもATM、パソコンまたは携帯等で行われる。給料日になると会社から円がデジタルで振り込まれる。そう、既に紙幣とコインではない円が、デジタルで流通しているではないか。

  確かにその認識は正しい。しかし、実は、銀行口座にデジタルで表示されている円は「預金通貨」(銀行から現金を受け取れる権利)であり、形ある紙幣やコインで構成される「現金」(※)とは異なる「円」であるのだ。

 ※厳密には、「現金」は日銀当座預金という形でも存在しており、そちらはデジタル化されている上に、「現金」のうち圧倒的な量を占めるが、この部分はやや複雑なので省略。

 

 簡単な思考実験をしてみよう。ATMに現金を10万円振り込むと、銀行口座残高が10万円増える。あなたは増えた銀行口座残高の分、アマゾンで余計に買い物をすることができる。一方、銀行も、ATMの中に物理的に存在する10万円を、好きに使うことができる。

 待てよ、あなたが10万円を振り込んだだけで、経済全体でみると2倍の20万円分が使用できるようになっていないか。お金の量が2倍になったということなのか!?

 冷静に考えてほしい。そんな訳がない。少しでも会計に通じた人なら分かると思うが、銀行からしてみれば、「銀行口座の残高」とは、「要求された場合に支払わなければいけない現金の額」すなわち、「負債」なのである。振り込みによって、銀行は「現金」を受け取るとともに、あなたに、同額の「負債」を負ったわけである。この「負債」を一般に「預金通貨」と呼んでいる。

 すなわち、あなたがアマゾンで買い物するときには、「現金」で決済しているのではなく、銀行の「負債」(「預金通貨」)で決済している。すなわち、あなたの友人が銀行振込でお金を送るよ、といっているときは、実際には「現金」が送られてきている訳ではなく、「銀行が友人に対して負っている負債の額を減らして、銀行があなたに対して負っている負債の額を増やすよ~。これで実質「現金」のやりとりしたでしょ?」ということなのだ。 なお、異なる銀行間でも、この「負債」のやりとりが滞りなく行われているよう、制度設計がなされている(※)。

 ※ただし、異なる銀行間での決済については、最終的には「現金」(日銀当座預金)の授受がなされるのであるが、詳細は後述する。

 ATMに行けばいつでも「預金通貨」の額だけ現金を受け取れる世の中では、こうしたことを考える機会は少ないかもしれない。だが、一般消費者の我々がデジタルに「現金」を送金したことはないのだ。

 そのため、「何を言っているんだ。すでに円はデジタル化しているではないか」というのは、厳密には間違いで、「預金通貨(銀行の負債)はデジタル化しているが、我々が使っている現金(貨幣やコイン)はデジタル化していないので、これをデジタル化する」ということなのだ。

  以上をまとめると、「デジタル円」または「中央銀行デジタル通貨」の試みとは、「紙幣やコインをデジタル化して物理的に持つ必要がなくなる世界を作ろう」、そうすれば「便利になってもっとみんなお金を使うんじゃないか」ということだ。

 

 これを前提として、より厳密で細かい仕組みや実現可能性等について、下のとおり箇条書きにします。時間がないので、今後、新たな金融政策の可能性等も含めて加筆します。

  • 現金は、中央銀行(政府)の負債のことである。我々は、中央銀行(政府)の負債を、「現金」として決済手段として利用している。これは預金通貨が商業銀行の負債であることと似ている。
  • 現金は、①中央銀行預金と、②貨幣およびコインで構成される。
  • ①はすでにデジタル化(日銀ネット)している。①は、商業銀行間で、資金の振替を行う際に用いる現金であり、中央銀行が運営するシステム上にデジタルな数字として存在している。
  • なお、個人や法人間では、商業銀行の負債である預金通貨が決済手段としても用いられていることを上記に述べたが、異なる商業銀行間で個人・法人の資金の振替がある場合は、預金通貨だけでなく、下記のとおり、①の振替をもって決済が確定(ファイナリティ)したとする。

   (例)

   A銀行のαさんがB銀行のβさんに資金を送る場合を考えよう。まず、αさんはA銀行に100万円預ける。αさんのA銀行システムには100万円のA銀行負債が記録される。A銀行は受け取った現金100万円を日本銀行に預け、A銀行の中銀口座システムには100万円の現金(中央銀行負債)が記録される。

   αさんが100万円をβさんに送る指示を出すと、まず、αさんのA銀行システムに記録された100万円の負債を減らすと同時に、βさんのB銀行システムの負債が100万円増加する。ただ、それだけだと、B銀行は100万円分の負債だけが増えることとなり、取引するだけでただ負債が増えることになってしまう。そのため、この取引と同時並行的に、A銀行が中央銀行システムに持つ現金をB銀行に付け替える行為を行う。この一連の流れを経て、B銀行システムのβさんの口座には100万円の記録が、B銀行の中銀口座システムには100万円が存在することとなり、振替が完了する。

  • ②は、一般の国民や法人が日々の決済を行う目的で存在している中央銀行の負債である。別に預金通貨を使っても構わないが、サービスの利便性が低いことなどから、日本では、この形ある現金が使われることが好まれる。
  • ②をデジタル化することは、一見、既にデジタル化している①のシステムの延長線上にあるようにも思えるが、①の利用者は金融機関に限られる一方、②の利用者は全国民、全法人となるため、①を基にした場合、膨大なコストが発生する。
  • ②のデジタル化にあたって、コストの面を勘案すれば、①とはまったく別の思想、技術、仕組みを採用することが必要だろう。その場合、いわゆる楽天ポイントや、ラインポイントのような仕様になることが予想される。この際、規模の増加に伴って指数関数的にシステム全体の演算量が跳ね上がるブロックチェーン(私用台帳/分散台帳)を使用することは、現実性や必要性の観点からも疑問符が付く。そのため、昨今の「ふぃんてっく」の最先端技術とは別の話として整理するのが合理的。
  • ②のデジタル化による恩恵は、使いやすくなることで多くの人が使うようになる、だれがどれだけどのように使っているかわかるようになる、今までとは違った法人・個人に影響を与えられる金融・財政政策が生まれる、国税等各種行政手続きの簡略化、とまあそれなりにあり、中国人民銀行が導入するとの報道を前に、国際的な競争力の観点から浮足立つ気持ちもわかる。
  • ただ、銀行制度が広く普及しており、預金通貨を決済の手段として広く用いることができる先進国に本当にデジタル円(中央銀行デジタル通貨)が必要なのか。銀行口座を持てない人が多い(上に人民をコントロールしたい)中国やアフリカ諸国等の発展途上国、人口が少ない東欧や北欧諸国においては、導入する利便性や意義もあるとは思うが、日本においては、まず預金通貨のサービスの利便性を高めれば十分なのでは、と思う。
  • 具体的に、日本の預金通貨決済にかかる主な不自由は以下のとおり。単に決済手段を増やすよりはよっぽど国民・法人の利便性にかなうはずだ。
    • 複雑な銀行手続き(はんこ制度等)
    • デビットカードやコンタクトレス決済が普及していない
    • ケータイ等で簡単に送金できない
    • 銀行振込手数料が高い
    • 現金の引き出しにお金がかかる
    • 送金が24時間行われない
  • ちなみに、私も海外でそのデビット/クレジットカードの利便性、アプリ送金の簡単さ等から現金を殆ど使わない生活を実際に体感しています。日本に住んだことがあるイギリス人、スイス人、インド人等が(本当に)口を揃えて「日本の生活は最高だけど、金融と通信はマジで終わっているな」というので、心が打ち震えた記憶がありますね。なお、日本の通信料金がバカ高く公共無料WiFiもあまりないことは、外国人が持っているハイテク日本のイメージを一瞬でぶち壊すことにかなり貢献してます。

 以上です。検索してもわかりやすい記事が出てこないから4時間もかけて書いたのですが、本来こういう内容を分かりやすく纏めて国民に知らせるのが、記者やライターの仕事だと思います。ネット上に窒素のように浮遊する、分かる風何も分からない無駄記事の数々は、人々の労力、好奇心と電力を浪費し地球環境に有害な影響を与えるため、その認定を受けた場合、アクセス回数だけ、GretaさんにHow dare you? と言われ続ける刑事罰を導入することを提言します。当ブログはほぼアクセスがなさそうなので、私は5回くらいで済みそうです。はい。

 次回もお楽しみに。