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【仮想通貨(Ethereum)・ステーブルコイン】DAIの米ドルペッグの仕組み

〇 まえがき

 

  現在、仮想通貨の情報について深い知見を得るには、基本的に英語で書かれた文献(Whitepaper等)を読むしかない。こうした状況は、主要報道機関の怠慢とも相俟って、ブロックチェーンに対する市井の人々の理解を狭める原因となっている。本記事が、ブロックチェーンに関する知識・議論の幅を深める一助になれば幸いである。

 〇 「ステーブルコイン」とはどのような仮想通貨か

 仮想通貨は、投機的な需要から、価値(法定通貨や資産との交換レート)の上下が著しいことで知られており、こうしたボラティリティは、安定した支払い(決済)手段として、仮想通貨が基軸通貨国の法定通貨に比べて見劣りする理由の一つとなっている。

 「ステーブルコイン」は、こうした欠点を補うように、法定通貨等の資産との交換レートが一定の範囲に収まるような仕組みを通じて、価値を安定化されている仮想通貨に対する通称である。

〇 「ステーブルコイン」の仕組み 

 一口に「ステーブルコイン」といっても、その種類も仕組みも様々だ。 

 例えば、「価値安定化をどのような基準で測るか」という定義の部分について、米ドル、ユーロ、円等の法定通貨以外にも、金や石油等のコモディディとの交換レートを以て、価値が安定化しているかどうかを測るものもある。

 また、「どのように価値安定化を実現するのか」という方法論も、コインの発行・流通量を調整する方法や、コインから得られるリターンを調整する方法、資産を担保にコインを発行する方法など様々である。

 どの仕組みが一番妥当か・優れているか、については種々議論があろうが、本記事では、代表的な例として、(私見では)世間的に知名度・注目度が高いと思われる「ステーブルコイン」である「DAI」の仕組みを紹介していくことを通して、今後のDefi(分散型金融サービス)の可能性を探っていきたい。

〇 「DAI」の概要

 DAIは、Ethereum上のトークンである(※)。

 (※)Ethereumというブロックチェーンネットワークでは、Ethereumという仮想通貨を介して、ネットワーク参加者が活動を行っている。その活動は、仮想通貨ETHの送金だけにとどまらない。ネットワーク参加者は、ネットワーク上で、任意の参加者同士を拘束するルール・枠組み(スマートコントラクト)を作ることもできる。DAIは、MakerDAOというチームが作ったネットワーク上のルール・枠組み(スマートコントラクト)の基に作られた暗号資産である。スマートコントラクト上の暗号資産であることから、仮想通貨ETHと区別がつくよう、トークンと呼ばれている。

 DAIは、合意されたルール・枠組みに沿って発行・消滅等が行われることで、「US$1=1DAI」にペッグ(交換レート固定)されるように設計されている。以下のリンクで、2018年12月からの米ドル/DAIレートを確認できるが、概ねUS$1=1DAIで推移している。

www.coinbase.com

 「米ドル」は基軸通貨として法定通貨の中でも格段の信用力を備えており、多くの国際取引において決済手段として用いられている。もし、DAIの仕組みが、米ドルへのペッグを有効に担保していることが広く認められれば、投機目的以外にも、リスク回避目的や、通貨の価値が不安定な国における決済手段として、需要が一般にも根付いていく可能性がある。

〇 「DAI」はどのように価値安定化を実現するのか

 DAIの仕組みを図表で要約したので、これを参考にされながら説明を読解してほしい。なお、この説明は、システム発足当初のSingle-Collateral DAIの仕組みではなく、ETH以外の担保も受け入れることができるようになったMulti-Collateral DAIの仕組み(2019年11月より運用)に準拠している。

 ・DAIの発行

 DAIは、Ethereumネットワークの参加者が、仮想通貨ETH(実際にはEthereumのバージョンに関係なく使用できるWETH)、BAT(Basic Attention Token)、またはUSDC(USD Coin)を担保としてシステムに差し出すことで受け取ることができるトークンである。随意、担保の追加での積み増しや、DAIを払い戻すことで担保を取り返すこともできる。

 気を付けるべきルールとして、受け取るトークンに対して、一定以上の担保を積む必要があり、担保の倍率がそれ以下になると、ペナルティ(※Liquidation Penalty)やオークションの発生(後述)により損失が発生する。現在の倍率は1.5倍と定められており、参加者は担保比率がそれを下回らないように管理する動機が働いている。この仕組みを通じて、ある量のDAIに対して、常に担保比率以上の価値の担保が存在する構造を作り出せる。

   ※Liquidation Penaltyとは、一定の担保比率を下回った際に、オークションの仕組みを通じてDAI発行者に課されるDAIの追加コスト。現在は13%に設定されている。

 なお、発行されたDAIは自由に市場で売買・交換することができる。つまり、担保を差し出していない参加者も、市場を通じてDAIを授受し、随時保有・使用することができる。

 ・DAI発行・保有需要の調整

 DAIを発行する動機の源には、レバレッジ効果がある。例えば、今後、ETHが今後値上がりすると踏んでいる場合、単純にETHを保有して値上がりを待つよりも、担保として差し入れたETHに加え、受け取ったDAIもETHと交換することで、ETHの保有(ロング)ポジションを嵩増しすることができる。ただし値下がり時には逆に損が膨らむことは付け足しておく。

 加えて、DAIの発行需要をコントロールする仕組みとして、Stability Feeがある。これは、DAIを発行した参加者が、その発行されたDAIの量(DAIの保有量ではない)に対して支払わなければならない金利(DAIのコスト)である。DAIを発行して放っておくと、DAIの量が減少していくことになってしまうため、DAI発行によるレバレッジ効果は薄れてしまう。現在のStability Feeは▲8.5%となっている(※)。

 DAI発行の需要だけでなく、仮想通貨交換市場の需要を調整する仕組みもある。それが、DSR(DAI Saving Rate)である。これは、保有するDAIを、DSR Depositという口座に固定することで得られる金利(DAIのリターン)である。DAIを発行していなくても、市場経由で手に入れたDAIを口座に固定すればリターンを得られるため、DSRを上下することで、発行だけでなく市場での需要も調整することができる。なお、現在のDSRは0%に設定されている。

  なお、システム参加者から徴求されるStability FeeやLiquidation Feeは、DAI Surplus Bufferに保管され、DAIのシステム開発・保守費用の原資やシステム全体を安定させるためのオークションに用いられる。

 こうした内部的な仕組みを通じて、保有需要の外部環境に応じた変化(「価値がドルにペッグされ安定しているからトルコリラに換えて保有したい」や「テレビで話題になった」等)にも対応し、米ドルと一定の交換比率を保とうとしているのだ。

 ・ガバナンスの確保

 DAIの仕組みを担保するために、DAIの他にMKRというトークンが発行されている。MKRは一般にガバナンストークンと呼ばれており、一般の株式会社における「株式」にあたるものだ。MKRトークンの保有者はDAIの様々なルールを多数決によって決定・変更することで、システムの安定性を保っている。

 MKRトークンは当初、開発者(MakerDAOチーム)やその出資者に配布されたとみられる。ただ、MKRは市場で売買可能であり、現在、一定数は一般のEthereumネットワーク参加者によって保有されているようだ。MKRトークンを保有する動機は、投機需要の他にも、オークションにおいてDAIをMKRと有利なレートで交換できる可能性があることである。発行量もオークションを通じて調整されている。

 MKRの他にも、Keeperという参加者もシステムを支える大きな存在である。市場からDAIと米ドルの交換レートの情報をシステムに提供するPrice-Feed Keepersや、複数の通貨市場間でのDAIと米ドルの交換レートが大きくならないように裁定取引を行うMarket-Maker Keepers、DAI発行者の担保価格を監視し、担保比率が下回ったものに対してオークションの開始する決定を行うBite-Keepers、オークションに参加することができるAuction-Keepersがある。Price-Feed Keepers以外は、一般のネットワーク参加者(第三者)が任意でKeeperとなることができ、各々インセンティブが供与されている。

 

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 ・オークション

  上記以外にも、MKR保有インセンティブや、担保価格下落時にDAIの発行量を減少させる目的で、オークションという仕組みが導入されている。各オークションに参加するためには、Auction-Keepersとなる必要がある。一般の参加者でも、有体に言えば「特別なソフトウェアを使う」ことで、Auction-Keepersとなることができる。

  オークション①(DAI Surplus Auction)

  オークション①(DAI Surplus Auction)はMKRの価値を安定化・MKR保有インセンティブを創出する目的で導入されているものだ。DAI Surplus Bufferに一定以上のDAIが積みあがった場合、その余剰分のDAIをオークションにかけ、より大きいMKRを提示したものを勝者とする。勝者には、DAIを与える代わりに、提示した分のMKRを消滅させる。

 

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  オークション②(Collateral Auction)

  Collateral Auctionは、これは、DAIに対して一定の担保が存在する状態を保つため、DAIの流通量を減らす目的で導入されている。

  オークションは、担保比率が一定以下を下回った状態で、Bite-Keepersが引き金を引くことで開始される。これをLiquidationと呼ぶ。

  オークションにおける参加者は、「より多いDAIでより少ない担保を買うBidができるか」を競う。勝者は、Bidした分の担保を受け取る一方、BIdした分のDAIはシステムから消滅することで、DAIの価格安定に寄与する。また、BIdした分のDAIの一部はLiquidation Feeとして、DAI Surplus Bufferに保管される。詳細は下図のとおり確認されたい。

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  オークション③(Debt Auction)

  担保価格が大幅に下落すると、オークション②を経ても、本来消滅させるべきDAIを集められない場合もある。そうすると、システム全体として、担保比率を保てない形で余剰なDAIが存在することとなり、システムの安定性を脅かすこととなる。こうした状況を解決するため、一定量の余剰DAIが発生している場合には、参加者からその分のDAIを集め、代わりにMKRを新規発行するオークションを行うこととしている。

 

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〇 評価と考察

 1点目は、システム管理者の問題だ。Defiといっても、悪意あるMKRの保有者の問題、Keepersが上手く機能するかなど、ガバナンスに係る諸問題はブロックチェーンを使っても排除しきれない。短期的なMKR保有者が長期的なガバナンスを利かせるインセンティブは、そこまで大きくないだろう。

 2点目は、1点目にもつながるが、システムの煩雑性が透明性を損ねる可能性だ。複雑なシステムを担保するために、様々な参加者に金銭的なインセンティブが与えられているが、一部の参加者へのインセンティブが過剰になりすぎないよう、コントロールしていくことが肝要である。 

 3点目は、USDなどの法定通貨を直接担保に取るUSDコイン等に比べれば、ブロックチェーンシステム内の仕組みで価値を調整ができる点は画期的である。一方、担保資産の急激な価格下落に際しては、システム上手当はあるものの、MKRの需要が根本的なバックストップになり得るとは思えず、USDを担保に取るほうが分かりやすいシステムではある。

 4点目は、 DAIの仕組みの有効性だけでなく、Ethereumネットワークの認知度・信頼性も重要な要素である。すなわち、認知度や信頼性が低いブロックチェーン上にDAIと同じ仕組みを構築したとしても、上手く機能しない可能性が高い。また、Ethereumネットワークを使用する際のコストであるGAS FEEも、DAIのシステムの有効性の阻害要因となる。

 

〇 その他参考資料

 本記事の内容は、全てWEBで公開されている情報であり、主に以下のリンクで確認することができる。WhitepaperとMakerDAOチームのYoutubeビデオ等を張り付けておく。

makerdao.com

www.youtube.com

www.youtube.com